名古屋高等裁判所金沢支部 平成12年(行コ)3号 判決 2000年9月13日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、富山県民である被控訴人が控訴人(富山県知事)に対し、富山県情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき、公文書である富山県立山土木事務所所属職員全員の平成六年度分の出勤簿、富山県魚津農地林務事務所所属職員全員の平成六年度分の出勤簿、右各職員らの平成六年度分の県外出張に係る復命書の開示を請求したところ、控訴人が平成八年一〇月一四日付で、本件各出勤簿についてはその全部について非開示とする旨の決定をし、復命書については文書の不存在を理由に請求に係る文書の一部を非開示とする旨の決定をしたため、被控訴人がこれを不服として、控訴人に対する異議申立てを経た上、本件決定の取消しを求めた事案である。
二 原審は、出勤簿に関する本件決定のうち、「前年からの繰越日数」、「翌年への繰越日数」の各欄の記載部分及び休暇、育児休業、休職に関する情報の記載部分(出勤、出張、職務専念義務免除、厚生事業参加、停職、欠勤と重ねて記載されている部分も含む。以上は原判決別紙一、二記載の部分)をそれぞれ除いた部分の非開示決定を取り消し、出勤簿に関するその余の請求部分並びに本件復命書に関する本件非開示決定の取消請求を棄却する旨の判決をした。これに対して、控訴人が原判決のうち、本件出勤簿に関する右非開示決定取消請求を認容した部分を不服として本件控訴に及んだ。
三 本件判断の前提となる事実関係及び当事者双方の主張(争点)は、次のとおり控訴人の補充主張を付加するほか、原判決「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。本件の主たる争点は、本件出勤簿の各記載が、実施機関において開示しないことのできる個人情報(本件条例一〇条二号)にあたるか否かである。
四 控訴人の補充主張
1 本件条例の「個人に関する情報」について
原判決は、公務員の公務に関する情報はできる限り開示すべきであり、たとえ特定の公務員が識別されるものであっても、公務員個人のプライバシー侵害のおそれがあると認められる場合を除き、本件条例一〇条二号の「個人に関する情報」に該当しないと判示する。
しかしながら、原判決のこの解釈は、本件条例と同一の立法形式をとる栃木県公文書の開示に関する条例についての最高裁判所平成六年一月二七日判決が「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものについては、同号所定の除外事由に当たるものを除き、すべて開示しないことができるとしているものと解すべきである」とした上、公務員について個人に関する情報に該当しないとする上告理由に対して「論旨は理由がない」としてこれを否定しているのであるから、右最高裁判所の判例に違反していることが明らかである。また、本件条例においては、具体的な公文書の開示をしないことができる場合について定める一〇条の条文には公務員を適用除外する旨の文言が存在しないことからすれば、法文解釈の一般原則に照らしても、また、本件条例の解釈の基準を定めた四条が「実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない」としていることからみても、一〇条二号の「個人に関する情報」の解釈について、公務員を別異に扱うことはできない。
2 本件出勤簿は、具体的な職務命令の内容や当該職務命令の遂行状況を記載したものではなく、単に人事管理資料として個々の職員ごとに作成されたものであり、全体として本件条例一〇条二号本文の個人情報に該当するというべきである。このような出勤簿の性質を理解せず、独自の基準により本件出勤簿に関する非開示決定を取り消した原判決は違法であり、速やかに取り消されるべきである。
五 証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 当裁判所の判断
一 本件に対する当裁判所の判断は、次のとおり控訴人の補充主張に対する判断を付加するほか、原判決「第三 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六三頁末行目から六四頁初行目にかけて「右開示すべきであった部分(別紙記載一、二)について開示しなかった限度で違法である。」とあるのを「右開示すべきであった部分(別紙記載一、二以外の部分)について開示しなかった限度で違法である。」と改める。
(控訴人の補充主張に対する判断)
1 控訴人は、本件出勤簿に関する非開示決定取消請求を認容した原判決は、本件条例と同一の立法形式をとる栃木県公文書の開示に関する条例の解釈について、公務員を別異に扱わず個人情報で所定の除外事由に当たるものを除きすべて開示しないことができるとした最高裁判所平成六年一月二七日判決に違反している旨主張する。しかしながら、右最高裁判所判決の事案は、知事の交際費現金出納簿のうち個人である相手方に関する情報が記載された部分を非開示とした処分の適法性が争われた事案であり、右判決においては右事案のもとで公務員が前記条例による公文書の開示に関して知事交際費の支出の相手方として私人と別異に取り扱われるべきか否かについて判断が示されたにとどまるというべきであり、これに対し、公務員が当該日時に職員として現実に当該職務に従事していたことを示す出勤簿の各記載を非開示とした処分の適法性が争われ、公務員の公務に関する情報が本件条例一〇条二号の「個人に関する情報」にあたるか否かが争点となっている本件とは事案を異にしていて、本件事案は前記最高裁判所判決の判断の射程範囲外であると解すべきである。したがって、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
2 控訴人は、具体的な公文書の開示をしないことができる場合について定める本件条例一〇条には公務員を適用除外する旨の文言が存在しないことからすれば、法文解釈の一般原則に照らしても、また、本件条例全体の解釈からしても、一〇条二号の「個人に関する情報」の解釈について、公務員を別異に扱うことはできない旨主張する。
しかしながら、本件条例は、公文書の開示を請求する県民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を一層推進することを目的とする(一条)ものであり、実施機関は公文書の開示を請求する県民の権利が十分に尊重されるようこの条例を解釈、運用するもの(四条前段)とし、県内に住所を有する個人等が実施機関に対して公文書の開示を請求することができる(六条)として、公文書開示請求権を原則的に認めている。これらの規定からすると、本件条例は、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を推進することを目的とするものであり、これを達するためには県民に対して県政についての情報を開示し、県民において県政に対する監視のできる制度を確保する必要性があるとの判断のもとに、その手段として、県民の公文書開示請求権を原則的に認めたものと解せられる。そして、右の制度趣旨、目的からすると、県政を担当する公務員の公務(その地位、資格、担当公務内容、公務遂行状況)に関する情報は、県民の県政に対する監視を実効あらしめ、ひいては県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を推進する上で、開示すべき必要性の高い情報であるというべきである。その一方で、本件条例は、実施機関は(本件条例の解釈、運用にあたって)個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない(四条後段)とし、具体的に、実施機関は公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記載されている場合においては公文書の開示をしないことができる(一〇条柱書き)とした上、同条二号本文で、これに当たる情報として、個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの(個人情報)を規定している。そこで、本件条例の前記の制度趣旨、目的を踏まえ、かつ県政を担当する公務員の公務に関する情報が開示すべき必要性の高い情報であることにかんがみると、右各規定(四条後段、一〇条二号)は、少なくとも公務員の公務に関して適用する限りは、情報を開示することにより侵害されるおそれのある公務員個人のプライバシーを保護する趣旨であると解するのが相当である(プライバシーと無関係に、一〇条二号の文言どおり、公務員個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものがすべて開示しないことができるとすれば、公務員のプライバシーに関係のない公務遂行状況に関する情報も、当該公務員の個人識別ができる限り開示しなくてよいことになり、前記制度趣旨に反することになる)。控訴人の主張は理由がない。
3 控訴人は、本件出勤簿は、具体的な職務命令の内容や当該職務命令の遂行状況を記載したものではなく、単に人事管理資料として個々の職員ごとに作成されたものであり、全体として本件条例一〇条二号本文の個人情報に該当すると主張する。しかしながら、本件出勤簿が単なる人事管理資料にとどまらず、公務員の公務(その地位、資格、担当公務内容、公務遂行状況)に関する情報を記載した文書であることは、前記(原判示)認定の本件出勤簿の内容に照らして明らかであり、控訴人の主張は理由がない。
二 以上によれば、本件出勤簿に記載されている情報のうち、休暇(年次休暇、病気休暇、特別休暇、介護休暇)、育児休業、休職の情報が記載されている部分並びに「前年からの繰越日数」、「翌年への繰越日数」の各欄の記載部分(これらのいずれかが出勤、出張、職務専念義務免除、厚生事業参加、停職、欠勤の記載部分と重ねて記載されている部分も含む。)は開示しないことができるが、それ以外の部分は開示すべきであるというべきである。そうすると、本件出勤簿の全部について開示しないこととした本件決定は、右開示すべきであった部分について開示しなかった限度で違法である。
第四 よって、被控訴人の本訴請求は、右の限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。